陰
陰
あのオーバーロードは間違いなく『陰』の精神が願ったものだろう。
ならば思考を放棄した『陽』を表に出せればなんとかなるはず。
『陽』の精神が崩壊していないことは、セインが最初に接した少女の態度でわかった。
最初は虚ろな瞳をセインに向けているだけだったのに、急にセインに語りかけ始めたのは精神の表面にも『陰』が出てきたからだろう。
しかし、
「……どこまでも空しい『心』だな……」
セインは月夜の精神に入りこんでから、始めて言葉を発した。
そこにあったのは両親を助けられなかった後悔、自分の『死人返り』によって他者がつかむ幸せを嫉妬、憎悪する自分。
そして、そんな自分を忌み嫌う、果てのない自己嫌悪。
『陽』の精神の中にも関わらず、喜びや希望といった正の感情が全く見つからない。
精神の表面に侵入した時に、最初に見かけた『陽』の精神体の姿をセインは捉えた。
「……来ないで」
月夜は自分の体を抱きしめるように怯えていた。
だが、セインは月夜の言葉を無視して歩み始めた。
セインが歩み出したのを見ると、月夜は一目散に逃げようとした。
しかし、月夜が逃げようとしたその先には見えない壁が出現し、月夜の行く手を塞ぐ。
月夜は見えない壁をどんどんと叩くが、勿論逃げることは出来ない。
セインが月夜の手前にまで歩み寄ると、月夜は首を横に振りながらその場に座り込んだ。
「……『来るな』とお前が言えば、災厄は避けられるのか?」
セインは月夜の瞳を凝視しする。
「……嫌……」
「お前が『嫌』だと思えば、苦しみはどこかに去ってゆくとでも言うのか?」
更に一歩前に進み出るセイン。
「来ないで……お願い……」
「貴様が望めば、責任も、他者の命も放棄していいというのか?」
セインの問い掛けに、月夜の肩がびくっ、と竦む。
「俺達が街を攻撃する、という『災厄』を貴様が『来るな』と言えば、俺達は来ないのか?そして、その災厄から生じる苦しみを『嫌』だと思うだけで、なんとかなるとでも思っているのか?苦しみから逃れたいと『望む』が故に、思考を放棄し、責任も、他者の命も放棄してもいいというのか?」
月夜は黙って俯いたままだ。
(……時間がない……)
普通に説得する時間などもう残されていない。
セインは賭けに出ていた。街の人々が、その命を犠牲にしてでも救いたいと願った月夜の心の強さに、彼は賭けたのだ。
自分の問い掛けに月夜の精神が呼応できないはずがない、と。
「……『陰』の精神が言った通りだな。お前の両親は愚か者だな。街やお前を見捨てでも逃げるべきだったな」